百聞は一見に如かず

水曜日, 12月 19th, 2012

* 事務所からのお知らせ *

今回の記事は営業上の理由により、メルマガ配信のみとさせて頂いております。ご了承下さい。

(記事関連写真のみ掲載)

再びバンコクです

月曜日, 12月 17th, 2012

今週の日曜日から水曜日までバンコクに来ています。

お付き合いのある銀行さんがバンコク駐在員事務所を開設するということで、その開設記念パーティに呼んで頂いたのです。

今回は、パーティーへの参加に加えて、開設記念のセミナー開催を銀行さんに提案しようかなとも思っています。

セミナーのキャッチコピーは「タイで事業経営を成功させるための知財の百か条」というような感じです。

より具体的には、

①日本に較べて従業員の流動性が高いタイでの知財の留意点。
例えば職務発明規定の整備や営業秘密の管理等

②日本よりも競争が激しく業界系列の無いタイで他人の権利を侵害しないための留意点。
例えば知財情報のこまめなチェック、ソフトの海賊品等を使うと善意であっても罰せられる等。

③あなたのビジネスをタイで有効に守るための留意点。
例えば権利化も早く、無効にされ難い小特許制度の利用、目に見える意匠や商標の有効利用、コピー商品の市場監視等。

開設記念パーティー以外にはJETROバンコクとJCC(商工会議所)にも立ち寄ります。

セミナーテーマに対するアドバイスを伺おうと思っています。

さて、今回の旅の成果はいかがなりますか。

それはそうと、日曜日は午後7時頃に宿へ入りました。

その後バンコク中心部の様子を見に行ったのですが、高架鉄道の下に、三駅に跨る垢抜けた歩道ができていて美しいクリスマスのデコレーションが施されていました。

ここを歩く男女の服装を見ると、もう全く日本と変わりません。

むしろ名古屋よりはずっと格好良いような。

少なくともバンコクは中流階級が充分な割合で育ってきているようです。

 

 

登山

水曜日, 12月 12th, 2012

日曜日にNHKの「クローズアップ現代」でヒマラヤ8000m峰14座を日本人で初めて登頂した男、という番組をやっていました。

8000mを越える山はヒマラヤ山脈にしか無いらしいです。

私は北アルプスの2000m峰には何回か登ったことがありますが、ここでは酸素が少なくなる息苦しさは味わったことが無かったです。

ところが、一回だけですが、3800m程の富士山に登った時はさすがに息苦しさを感じましたね。

8000m峰というのは富士山の2倍の高さですかからその息苦しさは半端じゃないはずです。

普通は酸素ボンベを使うそうです。

彼は生身で限界に挑戦することを信条にしているそうで、そうなると高山病の危険が付きまといます。

はたして、ザイルパートナーは6000mの第2キャンプで高山病の症状が出て敢えなくベースキャンプに引き返すことに。

結局、7000mの第3キャンプまでの荷揚げや頂上アタックは単独で行うことに。

地上の三分の一程しかない薄い空気の中で、高山病と戦いながら、さらに1000mほどを登る苦労は想像を絶するものがあります。

まさに命をかける、という感じですね。

話は変わりますが、私の同い年にフルマラソンを走る男がいます。

私はハーフまでしか走らないので、彼と会うと「守田さん、ハーフはマラソンじゃないよ」なんて、からかわれます。

フルマラソンといい、8000m峰の登山といい、人間というものは、自然の摂理に反することに努力を傾ける動物なんだなー、と思います。

大脳の心地良さが身体の心地よさに勝っている、稀有な動物なんでしょうね。

公証人

月曜日, 12月 10th, 2012

東南アジアの国、タイとかインドネシア、ちょっと忘れましたがインドもそうだったかも、特許出願等をする場合の委任状に公証が必要です。

つまり、委任状はその国の弁理士に出願手続を代理する権限を与えるもので、我国の出願人のサインがあります。

公証は、委任状に確かに出願人自身がサインしていることを証明するためのもので、自認認証といわれます。

委任状に公証が要るのはどうも開発途上国に多いようです。

我国や欧州の場合は出願時に委任状を提出する必要すらありません。

代理人として推定できれば良く、それより事務の簡素化が大事、ということでしょうか。

で、その公証人ですが、法曹関係者のOBのうちから法務大臣より任命される公務員だそうです。

法務局管内の公証人役場に駐在しており、弊所では通常名古屋駅近くの公証役場に公証を依頼しています。

今までは委任状の公証しか依頼していませんでしたが、公証人による確定日付の付与や事実実験公正証書の作成が、我々の仕事にも使えそうです。

すなわち事業の準備をしていたことを証明する設計図面や試作品を封緘したものに確定日付を貰うことで、その日付の時に設計図面や試作品が確かに存在していたことが明らかになり、後に発生した特許権に対して先使用権を主張するのに有用です。

この確定日付の付与では、封緘されているものの内容まで証明されるわけではありませんので、例えば真の発明者が後々問題になりそうな場合には、公証人の立会いの下で実際に実験を行い、その目撃事実を公証してもらう事実実験公正証書の作成が有効です。

残念ながら今のところ確定日付の付与や事実実験公正証書の作成のご依頼はありませんが、そのうち出番があるのでは、と期待しているところです。

007

水曜日, 12月 5th, 2012

「007」の最新作「スカイフォール」が封切られましたね。

「007」の第一作は邦題「007は殺しの番号」、原題は「ドクター・ノオ」です。

私が中学生のときに封切られました。

銃口の中にボンド(だろ思う)が現れ、振り向きざまに拳銃を撃つ。そして余りにも有名な「チャンチャラチャンチャ・チャチャチャ……」というジェームズ・ボンドのテーマ。

日本映画に較べて洋画(アメリカ映画)が全ての面で秀でていた頃。

凝ったタイトルバックやボンドガール。

背広をピシッと着て、スマートに銃を撃ち、高級スポーツカー「アストンマーチン」の改造車を繰るジェームズ・ボンド。

ハリウッド映画だけれど、イギリスが舞台で、初代ジェームズ・ボンドはイギリスの俳優ショーン・コネリー。

その後のアメリカのスパイものとは一味違った、洗練された(?)“大人”の映画でしたね。

思春期の中学生は憧れました。

映画で使用された「アストンマーチン」がオリエンタル中村百貨店(懐かしい)で展示されるというので、わざわざ見に行きました。

映画の中のような新品風ではなく、油で薄汚れた感じの車が、いかにも本物感を漂わせていたのを今でもはっきり思い出します。

その後、ショーン・コネリー主役のシリーズは欠かさず見ていましたが、主役交代後は全く見なくなりました。

ジェームズ・ボンドはショーン・コネリーという定式が私の頭の中に出来上がっていて、とても他の人がやるボンドは見る気が起こらなかったのです。

近頃の、いかにも野卑で無粋なアメリカ(アメリカの人ゴメンなさい)スパイ映画を見ると、初代ショーン・コネリーの頃の、昔の「007」が懐かしく思い出されます。

日本海

月曜日, 12月 3rd, 2012

弁理士同期の忘年会が例年の如く琵琶湖周辺のキャンプ場バンガローで開かれました。

海の幸を仕入れるために敦賀の「日本海さかな街」へ行ったついでに、三方五湖まで足を伸ばしてみました。

余り期待していなかったのですが、自然の造形の、奇跡のような素晴しさに感じ入りました。

どうやって出来たんですかねー。

5つもの湖がお互いに連なって、そのうちの2つが日本海に繋がっています。

なので、これらの湖は塩水、汽水、淡水の三種があり、それぞれに多様な水産生物が棲息しています。

これらの湖を巡る観光船があり、山頂に至るレインボーラインという観光道路があります。

この山頂からの眺めがまさに絶景でした。

その5つの湖とこれを囲む山々、そして日本海が一望できるのです。

今の時期はちょうど冬を迎えるところなので、雪は降っていないものの、黒い雲と強い北風が日本海から吹き付けます。

山頂の展望台は強い北風をもろに受けるのでかなり寒いです。

しかし湧き上がるダイナミックな雲とその下の荒々しい梅、それに対してあくまで穏やかな湖、部分的に日が差して輝く海岸線と、この時期でしか見られないであろうと思われる雄大な景色を堪能することができました。

日本は美しいですね。

あらためてその思いを強くするとともに、ここ敦賀は原発基地でもあることを思い出しました。