謝恩会に出ました

水曜日, 3月 27th, 2013

私は母校の出身学科の同窓会長をやっているので、3月23日の卒業式の後に行われた謝恩会に出席しました。

成績優秀な学生に賞状と賞品を渡すためです。

渡した後、昨年(昨年から出席しているので)は挨拶の時間があったので、さて、何を話そうかと考えていましたら、今年は挨拶の時間が無く、肩透かしでした(笑)。

先生方には、運営を学生に任しているので失礼しました、と気を使って頂きましたが、まあどっちでも良かったので、どうということは無かったですが。

卒業生の進路を見て我々の頃と違うなあ、と思ったのは、半分以上の学部卒業生が大学院へ進学することですね。

しかも女子学生も当然のように大学院へ進学するんです。

理系学部は今や6年制になってしまったようです。

それだけ覚えることが多くなったのでしょうかねー。

親の立場で考えると、学費が大変だなー、と思いますね。

我々の頃は大学院への進学は2割以下だったような気がします。

大学院へ行くのは身体が弱くて学者になるつもりの者か、いずれにしてもちょっと変わっている人、という感じでした。

科学技術が高度化している、というのはもちろんあるでしょうが、会社の方で我々の頃のように、新入社員を10年くらいかけて育て上げるという余裕がないからだとも思われます。

つまり新入社員として即戦力を求めている、というわけです。

ただ、私が思うのは、技術は日進月歩で直ぐに陳腐化してしまうものですから、基礎的な考える力を養っておかないと、すぐに使えなくなってしまう、ということです。

我々の頃は大学での勉強は論理的思考力をつけるのに必要最低限であれば良い、と思われていた節があり、授業への出席もそれほど厳しくなく、試験も不可にならなければ良い、と言う感じでした。

かと思えば、例年、半分が3年次に上がれず留年になる、という、今では大問題になりそうな学科があったりもしました。

いずれにしても、昔はもっとゆとりがありましたね、なんていうと、昔揶揄していた老人の繰言、ということになるのでしょうが。

帯状疱疹にかかりました

月曜日, 3月 25th, 2013

先日の夜、突然湿疹が出ました。

私は今まで湿疹のようなものができたことは殆ど無いので、夕方、事務所の帰りに鶴舞公園へ桜の様子を見に行った際に虫にでも食われたのだろうと思っておりました。

ところが家の者がうるさく医者へ行けと言うので、嫌々近所の医者へ行きましたら、帯状疱疹、つまりヘルペスだったのです。

医者で貰った本によると、これは若い頃に水疱瘡にかかってウイルスが身体に入り込み(殆どの人が持っているそうです)普段は大人しくしているが、身体が弱った時に突然ヘルペスとして出てくるようなのです。

そういえば今月の初めに弁理士会のセミナーでバンコクへ行って、セミナー後についつい仲間と痛飲し、加えて暑い国から急に寒い国へ戻ったこともあって、このところ風邪気味ではあったのですが。

まっ、歳ですね。

最近は夜9時以降は飲まないように気をつけていたのですが、ちょっと破目を外しすぎました。

で、その医者ですが、ここ10年以上は行っておらず、昔の記憶では待ち時間が長く、これが今回医者通いを渋った理由の一つでした。

ところが、その医者は今では予約制で、しかも予約はインターネットや携帯からでも可能なのです。

まっ、何故か電話で予約しましたが。

どうもこういう場合は、相手に直接確認が取れないと不安なんですよね(昔の人)。

おかげで、少しは待ちましたが、比較的スムーズに診察を受けることができました。

これからは医者の世話になる機会が増えるかもしれず、そんな時、快適な待合室とスムーズな診療を受けられる近所の医者はありがたい存在になるのでしょうね。

「各種リンク」をリニューアルしました。

日曜日, 3月 24th, 2013

Link Sites

「桐島、部活やめるってよ」を見ました

月曜日, 3月 18th, 2013

「桐島、部活やめるってよ」を見ました

表題の映画を見ました。

何故かって?まあ例の「映画談義」の原稿を書くためで、TSUTAYAへ行ったら新作で一番目立つところにあり、題名は何となく耳にしていたので、さっそくDVDを借りたというわけです。

題名の通りの、高校生活を描いた映画ですね。

高校生かー。私にとってはもう50年以上前の話ですわ。

一回目はテレビの大画面で再生したので、音声の低音部が強く、早口の会話が時々何を言っているのかさっぱりわからなくて、うーん今時の高校生のことは、もはや言葉も解らないか、とガックリきました。

が、パソコンの低音を抑えた再生でもう一度見てみると、我々の頃とはさすがに表現は異なるものの(大袈裟?)、話し言葉の内容は良く解って一安心でした(笑)。

なんでまた見たかって?

一回だけでは話の内容が良く解らなかったので。

まっ、それはそれとして、50年後の高校生も、基本は我々の頃の高校生とちっとも変わらないなー、ということを確認して安心いたしました。

確かに我々の頃とは持ち物(例えば携帯とか)は違うし、使う言葉も我々の頃とは違います。が、運動部がもてて、映画部のようなネクラ族はもてず、部活にひたすら打ち込む者がいるかと思えば、いわゆる帰宅族、なんてのもいて、我々の頃と図式はちっとも変わっていませんね。

好きな男の子や女の子の話をし、好きな男の子を密かに慕う女の子がい、先生を凌駕するような映画の知識を持った生徒がい、等々、我々の頃とちっとも変わらないです。

映画というのが時代を映す鏡であるとするならば、現代高校生の一面をこの映画はおそらく捉えているはずであり、であるなら、新聞や巷で言われるほど、今の高校生が我々の頃と変わっている、というわけではないのではないか、という思いを強くしました。

原作を書いた当時、作者は早稲田の学生だったらしいですから、今の高校生からそんなに離れてないはずです。

なんて、いろいろ考えてしまうのは、私が、時代に取り残されるのを恐れるおっさん(彼らからしてみたら、じいさん)だからなんでしょうかね。

フォトギャラリーを追加しました。(JPAA 2013 IP Seminar)

金曜日, 3月 15th, 2013

バンコクセミナー

水曜日, 3月 13th, 2013

先週の月曜日と火曜日の二日間バンコクで弁理士会のセミナーが行われました。

今回で5回目になります。

二年に一度ですからもう10年になるわけで、私はこれに初回から参加しています。

そろそろ辞める潮時ですね(笑)。

今回は司会もスピーカもやらなくて良かったので気が楽でした。

ただ、グループごとに分かれて討論するセッションがあり、あるグループのチューターをやりました。

ここで痛感したのが英語のヒヤリングですね。

どうも私は人の話を聞く癖がついていないのか(笑)、ヒヤリングの能力が他人より劣るようです。

どうしたものかと考えた結果、以下のようなことをやることに決めました。

CNNを聞くときに30分間は集中して聞く。

といっても、いつも途中で気が散って他ごとを考えたりしていたので、通訳の真似事をすることにしました。

つまりCNNを聞きながら分かった単語をパソコンにメモし、聞き終えた後にそのメモに基づいてそれまでの話を日本語で再現します。

つまり通訳をしている気分ですね。

こうすると、仮想の誰かに通訳しなければならないので結構集中してストーリーを聞きます。

良い感じなので、しばらくこれを続けてみようと思います。

さてどうなりますか。

タイ進出のお客様を訪ねて

月曜日, 3月 11th, 2013

先週、弁理士会のセミナーでバンコクへ行きましたが、セミナーのついでにバンコク郊外のチョンブリで現地会社を設立されたお客様のところへ立ち寄らせて頂きました。

大企業の工場群が入居するアマタ工業団地の中を通り抜けてその近くにある、ローカル用(と思われる)の貸店舗に入っておられます。

まだ、こちらへ進出されて1年も経っておられないため、日本では大きな工場を持った中堅の会社ですが、タイの工場は、工場というより町工場という雰囲気です。

人員は社長と日本人スタッフが一人、タイ人従業員が5・6人という感じです。

ただ、何といってもそのうち顧問格でおられるタイ人の方がキーパーソンですね。

この方は以前はバンコクの日本商社におられたとかで、日本語ができる上に、タイの政府筋にもいろいろコネクションがあるそうです。

やっぱり現地で活動するにはどうしても現地のパートナーが必要不可欠ですね。

社長さんは日本の本社でも役員ですが、ここでは町工場から再度企業を立ち上げる喜びに溢れた(私の印象です)感じです。

もちろん苦労はあるでしょうが、それを超えた将来への楽しみを持っておられるからなのでしょう。

実際、来年までにはローカルが建設した工場の一部を借り受けて、本格的な工場(25m×40m)を操業されるそうです。

そしてここへきて、大会社の工場新設に伴った設備の大型受注を獲得したそうで、大いに張り切っておられました。

写真は、1階(3階建)の作業場で、大型受注に伴う試作品を製作中のものです。

制御盤の部品なんかは輸入が殆どなので高いが、制御盤の製作を請け負えるローカル企業もチョンブリ辺りで探せば結構あるので、今後はそういうところとうまく連携しつつ仕事をこなして行きたいと仰っていました。

タイの明るい陽光の下、タイの地方(?)に根を下ろして、ローカルとウィンウィンの関係で新しい事業に挑む社長さんの顔は眩しかったです。

新工場ができた頃にまた是非来てください、という声を後に、こちらも何か将来に向けたエールを送られたような感じで、意気揚々とバンコクへ引き上げました。

床屋さん

月曜日, 3月 4th, 2013

本日(3月4日)現在、弁理士会のセミナーでバンコクに来ています。

セミナー風景はまた後日ここでご報告できると思います(なんせこの時点ではまだ始まっていないので)。

で、本日のテーマは「床屋さん」です。

床屋さんも安いチェーン店とかができて価格破壊がすすんでいる業界ですが、私がいつも行っている床屋さんはそういう店と較べると高いです。

お金があるからか、って?

そんな訳はありません。

まあ床屋さんというのは慣れ親しんだ処から変えがたいところはありますが、それだけじゃないです。

今の床屋さんの満足度が非常に高いからなんです。

手早いので実際に髪を切っている時間は長くありません、というより他の店よりも(少なくとも私が知っている)短いと思います。

そして髪を切っている間、サクサクという心地よい刺激だけで、髪が引っ張られるとかの不快感は全くありません。

そして、特に今の担当に変わってからは(手がすいていれば基本的に担当の人は従前と同じ人です)。

今の担当はもう35年以上やっているベテランです。

この人の良いところは、カッティングの技術ももちろんですが、髪の毛のくせを見抜いたカッティングをするので(おそらく)髪が長くなっても頭髪全体がきちんと納まっていることです。

髪が長くなっても不快感が無いので、特に今回のような暑い処へ来る、ということでもない限り、床屋さんへ行く間隔は通常は2ヶ月半から3ヶ月になります。

美容師の方はドラマになったり、もてはやされるのに対して、床屋さんは一般的に地味ですよね。

しかし、以前よりうるさくはなくなったとはいうものの、ビジネスマンとしての髪形というのはやはりある程度はあるはずなので、余り奇抜な髪型にはできないでしょう。

こういうビジネスマンにとって、私が行っている床屋さんは貴重なのではないでしょうか。

つまり、時間をかけずに心地よく、長持ち(?)するキチンとした頭に仕上げてくれる。

職人ですねー。

我々の仕事もそうありたいものです。

家庭用「味噌煮込みうどん」

金曜日, 3月 1st, 2013

「味噌煮込みうどん」のことはこの欄でも何回か書いていますが、いずれも当然のことながら「うどん屋」で食べるものでした。

ところがここ2・3年だと思うのですが、家庭で作る「味噌煮込みうどん」が結構良い味なんですよ。

家庭で作る味噌煮込みうどんは大分前からスーパーなんかで売っていましたが、以前はうどん屋のものとは比較にならないという感じで、どうしても食べたいがうどん屋へ行くのもおっくう、という時に、味はイマイチだが手軽に、ということで食したものでした。

ところが最近のものは、そんじょそこらの店の味噌煮込みうどんよりはずっと美味しいです

すごいですね。

さすがにお湯をかければ、というほど手軽ではありません。

土鍋に湯を沸かしてねぎやしいたけ等の具を別に入れる必要はあります。

これに、用意された味噌とダシを入れ、頃合いを見計らって真空パックされたうどんを入れます。

自分の好みの麺の硬さになったところで火を消せばできあがり。

ダシのコクもあり、麺もコシがあります。

味は味噌とダシと麺で殆ど決りますから、それほど複雑な前処理は必要ないかもしれませんが、それにしても、味噌やダシの吟味、麺の処理等には結構な苦労が隠されているのでないか、と思われます。

いやー、我々も含めて専門家(?)受難の時代ですね。

資格者による情報の独占が、インターネットの発達で敢え無く打ち破られ、我々士業は単なる情報の提示以上の付加価値をお客様に提供しないとお金が頂けません。

うどん屋も同じで、家庭用味噌煮込みうどんを凌駕する付加価値をつけないと、立ち行かなくなる、ということです。