バンコク調査団その2

水曜日, 10月 23rd, 2013

調査団の三日目は、バンコクから東南にある、うちのお客様のタイ工場を二箇所訪問させて頂きました。

どんなところで、どんな状態で事業をされているのかをこの目で見たかったので。

いろんな事が遅々として進まないとか、従業員の数やその質の確保に頭が痛い、とはおっしゃっていたものの、いずれも、順調に売り上げが伸びており、新工場の建設も計画中等、日本よりもずっと明るい張り切った感じでおられるのが印象的でした。

タイは高速道が結構整備されていますから、時間帯によって渋滞にかからなければ(これが実は問題なのですが)比較的スムーズに移動できます。

極めて順調に1時間少しで最初の工場近くへ着き、ガソリンスタンドで休憩です。

タイでは道沿いのガソリンスタンドにコンビニやトイレ、ちょっとしたカフェやレストランが付設されていることが多いです。

ちょうど日本の高速道路のサービスエリアのようなものですね。

最初の工場でお話を伺った後、次の工場の訪問時間に十分間があったので、途中で海沿いのレストランに寄って昼食を摂ることにしました。

後で聞くと、このレストランは結構有名らしく、バンコクから日帰りで行楽に来て昼食を摂るタイ人も多いとか。

海岸間近のヤシの木の間に日本のレストランと全く遜色ない、というより最近の都市近郊の寂れた日本のレストランよりずっと垢抜けた規模の大きなレストランがありました。

屋根付きの屋外テーブルで、やや湿った海風に吹かれながらタイ料理を堪能しました。

途中スコールもありましたが、バンコク周囲では見られない綺麗な海と景色を見ながらの食事は、なかなかのものでした。

その後二箇所目の工場を訪問し、午後5時の終業時になると工業団地から出るのにすごい渋滞するということで、急いでお話を聞き、工場内を見学した後、招待して頂いた夕食場所へと向かいました。

ところで、この工場見学には提携事務所で斡旋してくれた大型のバン型タクシーを使ったのですが、朝8時から深夜便で帰るメンバーを空港へ夜8時頃に送るまで、拘束12時間で4,400バーツ(約13,200円)でした。

我々が5人で食べた昼飯代の方がおそらく高かったでしょう。

日本ではどうですかね。

バンコク調査団その1

月曜日, 10月 21st, 2013

このところ忙しくてこのメルマガも間が空いています。

なんで忙しいのかって?

以前にも申し上げたと思いますが、この4月から弁理士会東海支部で東南アジア知財委員会が立ち上がり、その委員長になったのですが、今月は7日から9日までバンコクの提携事務所へ委員会メンバー4人と出かけました。

何かと準備で忙しく、帰ってきたあとは溜まった事務所の仕事を片付け、報告書を書く等、なかなかゆったりと記事を書く時間がなかったのです。

調査結果は1月のセミナーで広く公表する予定なので、まあいつものごとく知財とはあまり関係ない話を。

今回は委員長としてバンコクへ行くので、いつものように自分一人のペースでやれば良いというわけには行きません。

もちろん直接実務を担当するのは優秀な他の4人のメンバーが付いているので良いのですが、全体をどう動かすかとか、向こうとの折衝は私がやることになります、当然のことながら。

提携事務所ではこちらの各担当に合わせて向こうも責任者を出してくれることになっていましたが、向こうの事務所に着くと、所長が一手に引き受けるというではありませんか。

並行して各担当者と話を進めて一日で話を済ませる計画なのに、所長一人が対応して直列的に話を進めるのではとても一日ですみません。

これではわざわざ実務者を4人も派遣した意味が無いのです。

このことはメールで前もって言っておいたのですが。

まあ、しょうがない、さっそく折衝です。

この点、気心が知れた事務所ですので、フランクに話ができます。

「あんた一人じゃとても一日で終わらないよ」てな、くだけた調子で言っても気を悪くしないので、気が楽です。

さっそくこちらの申し出を快く受け入れてくれて、各担当者に一人か二人の向こうの担当者を当ててくれ、それぞれの打ち合わせ場所も確保してくれました。

やれやれです。

初めての事務所だとこうはいかないでしょうね。

どこへいっても結局は人間関係ですね。

タイの代理人

月曜日, 9月 2nd, 2013

弁理士会の我々の委員会でタイの代理人を一人招請しました。

その代理人は女性で、先週の金曜日一日我々の会議に付き合ってくれました。

木曜日の朝の便で来て、日曜日の便で帰ったので、木曜日、土曜日は空いていました。

木曜日は私が名古屋城、大須観音へ案内しました。

名古屋城内へ入ったのは私もなんと50年ぶりです。

中学生の見学会で行って以来ですから。

熱田神宮や、白鳥公園か徳川園等も私の当初の計画には入っていたのですが、とにかく暑かったので敢えなく取りやめに。

が、暑かった以外に熱田神宮等をとりやめたのには別の理由が。

というのは、彼女は大学の助教授でもあるのですが、日本で大学の先生というと女性でもあまりミーハーは居ないような(ひょっとして今は日本でもそうかも、知らないだけで)気がするのですが、歴史なんぞよりはショッピングに興味があるようなのです。

姉さんもついでに一緒に来ていたこともあって、涼しい地下街やデパートでのショッピングです。

ショッピング先はドラッグストアの化粧品、無印良品、東急ハンズのようなところ。

私はこういうところは殆ど行ったことが無いのでさっぱりわかりません。

ところが一緒に来た姉さんは予めインターネットで情報を検索していたとかで、地下鉄路線図、オアシス21の情報、無印良品の扱い店、果ては熱田のイオンの情報まで全て調べてありました。

一度なんか私が地下鉄の出口に迷っていると「5番出口」なんて教えてくれます。

どっちが名古屋人か分からない。

帰りの空港ではバッグ一杯の土産(職場の友人等に頼まれた化粧品等)を詰め込んで嬉々としていました。

日本の化粧品(それも若者に今評判の、そんなに高くない)がタイでも大人気だということも分かりました。

タイでは結構高いのだそうです。

イヤー、世の中変わりましたねー。

金沢へ行ってきました

月曜日, 8月 26th, 2013

先日、講演で金沢へ行ってきました。

地元の中堅企業や特許事務所の方を対象に、タイ、インドネシア、ベトナム、シンガポールの知財について話を、ということだったので。

まだまだ不十分ですが、現状で分かっている範囲でお話しして、今後の企業活動の参考にして頂ければ、ということでお引き受けしました。

金沢へは昔から名古屋からの直行で「しらさぎ」があります。

新幹線ができて以降は米原での乗り換えが多いようですが、私は昔の旅情(?)を楽しみたくて名古屋から在来線の「しらさぎ」を利用しました。

3時間の道中で講演資料に目を通したり、若干仕事もしたかったので、グリーンを奮発しました。

新幹線に比べるとグリーンといっても、ちょっとショボイ(古い)感じですが、シートが大きくクッションも良いので、3時間の乗車もあまり疲れませんでした。

それほどゆっくり車窓の風景を楽しむというわけにはいかなかったという理由もありますが、どこまでも広がる水田と山並みという日本的風景はあったものの、名古屋・東京間の新幹線の車窓の風景の方がもっと見出があるなー、と思いました。

何故ですかねー。

景色の良さそうなところは殆どトンネルに入ってしまうからかもしれません。

景色は残念ながら期待ほどではなかったものの、帰りに土産にと買った蒲鉾と酒は旨かったです。

そういえば、金沢・富山辺りは蒲鉾が有名でしたかね。

酒は店の人がお勧めの、金沢周辺でしか売られてないという銘柄でしたが、これが蒲鉾と合うんですよね。

いつも思うのですが、この狭い日本に、信じられないくらいバラエティに富んだ食べ物や飲み物がある。

この豊かさを、いつまでも大事にしたいですね。

東南アジア知財委員会

水曜日, 4月 17th, 2013

弁理士会の東海支部ではこの度「東南アジア知財委員会」を立ち上げることになりました。

東南アジア、つまりASEANですね。

私の好きなタイを始めとして、マレーシア、インドネシア、シンガポール、ベトナム、フィリピン、シンガポール、ブルネイ、ミャンマー、ラオスと、現在10カ国が加盟しています。

一口に東南アジア知財といっても、開発途上国に共通の問題はあるにしても各国毎に制度は異なりますから、EUのように統一された一つの制度を調査研究すれば良い、というわけにはいきません。

そこで、初年度の今年はこの地の自動車産業に縁の深いタイとインドネシアをターゲットにする予定です。

実は私は本年、この委員会に絡むことになりそうです。

タイも東南アジアも好きなので、この委員会に絡むことはむしろ望むところなのですが、欧米や中国のようには纏まった情報が無く、手探り状態でスタートしなければなりません。

新たな委員会では、調査研究の成果を会員や一般企業の方に解かり易くかつ簡単に利用できるような形で公開することを目指していくつもりです。

解かりやすくすると往々にして正確さに欠けることがありますが、堅苦しい文章ではなく可能な限りビジュアルな報告となるよう留意していこうと思っています。

さてどうなりますか、ご期待下さい。

バンコクセミナー

水曜日, 3月 13th, 2013

先週の月曜日と火曜日の二日間バンコクで弁理士会のセミナーが行われました。

今回で5回目になります。

二年に一度ですからもう10年になるわけで、私はこれに初回から参加しています。

そろそろ辞める潮時ですね(笑)。

今回は司会もスピーカもやらなくて良かったので気が楽でした。

ただ、グループごとに分かれて討論するセッションがあり、あるグループのチューターをやりました。

ここで痛感したのが英語のヒヤリングですね。

どうも私は人の話を聞く癖がついていないのか(笑)、ヒヤリングの能力が他人より劣るようです。

どうしたものかと考えた結果、以下のようなことをやることに決めました。

CNNを聞くときに30分間は集中して聞く。

といっても、いつも途中で気が散って他ごとを考えたりしていたので、通訳の真似事をすることにしました。

つまりCNNを聞きながら分かった単語をパソコンにメモし、聞き終えた後にそのメモに基づいてそれまでの話を日本語で再現します。

つまり通訳をしている気分ですね。

こうすると、仮想の誰かに通訳しなければならないので結構集中してストーリーを聞きます。

良い感じなので、しばらくこれを続けてみようと思います。

さてどうなりますか。

タイ進出のお客様を訪ねて

月曜日, 3月 11th, 2013

先週、弁理士会のセミナーでバンコクへ行きましたが、セミナーのついでにバンコク郊外のチョンブリで現地会社を設立されたお客様のところへ立ち寄らせて頂きました。

大企業の工場群が入居するアマタ工業団地の中を通り抜けてその近くにある、ローカル用(と思われる)の貸店舗に入っておられます。

まだ、こちらへ進出されて1年も経っておられないため、日本では大きな工場を持った中堅の会社ですが、タイの工場は、工場というより町工場という雰囲気です。

人員は社長と日本人スタッフが一人、タイ人従業員が5・6人という感じです。

ただ、何といってもそのうち顧問格でおられるタイ人の方がキーパーソンですね。

この方は以前はバンコクの日本商社におられたとかで、日本語ができる上に、タイの政府筋にもいろいろコネクションがあるそうです。

やっぱり現地で活動するにはどうしても現地のパートナーが必要不可欠ですね。

社長さんは日本の本社でも役員ですが、ここでは町工場から再度企業を立ち上げる喜びに溢れた(私の印象です)感じです。

もちろん苦労はあるでしょうが、それを超えた将来への楽しみを持っておられるからなのでしょう。

実際、来年までにはローカルが建設した工場の一部を借り受けて、本格的な工場(25m×40m)を操業されるそうです。

そしてここへきて、大会社の工場新設に伴った設備の大型受注を獲得したそうで、大いに張り切っておられました。

写真は、1階(3階建)の作業場で、大型受注に伴う試作品を製作中のものです。

制御盤の部品なんかは輸入が殆どなので高いが、制御盤の製作を請け負えるローカル企業もチョンブリ辺りで探せば結構あるので、今後はそういうところとうまく連携しつつ仕事をこなして行きたいと仰っていました。

タイの明るい陽光の下、タイの地方(?)に根を下ろして、ローカルとウィンウィンの関係で新しい事業に挑む社長さんの顔は眩しかったです。

新工場ができた頃にまた是非来てください、という声を後に、こちらも何か将来に向けたエールを送られたような感じで、意気揚々とバンコクへ引き上げました。

空洞化はウソ?

水曜日, 1月 30th, 2013

タイ王国政策顧問(通産省出向?)の松島大輔氏による「空洞化のウソ」(講談社現代新書)という本を読みました。

それによると、大企業とこれに付いて多くの下請企業が海外へ出て行ってしまうため国内産業が衰退する。

いわゆる空洞化は、ウソである、とのことです。

今や中国、インド、東南アジア(新興アジア)へ出て行った現地日系企業の稼ぎとその仕送りで日本の本社が生き残っているのが現実で、これからの日本が生き残る道は、新興アジアへ打って出る以外にない、というのです。

そしてその際、注意すべきは、磨きぬかれた日本の技術をそのまま出すのではなく、現地化させた日系企業によって、日本の技術を現地のニーズに応えるようにモディファイして提供することが大事だとのこと。

大企業の下請けとして既に進出している企業を除き、これから進出しようとする企業は現地で系列の枠を外れた厳しい競争にさらされる。

その場合に必要なのが現地の消費者ニーズに応えた形で日本の技術を売り込むことであり、このためには新興アジアに進出した子会社に多くの権限を委譲して現地化を図ることが必要だというのです。

つまり現地子会社で現地の人を大胆に採用してマネージャーとして育て、日本で磨きぬいた技術をコア技術として子会社にライセンス供与するとともに、コア技術に現地ニーズに合わせた表皮技術を被せて売ることで現地消費者に受け入れられることが大事。

新興アジアで韓国勢や中国勢に遅れを取っているのは、日系企業の現地化が遅れて現地ニーズを的確に汲み上げていないからである、というのです。

日本はこれからは新興アジアの子会社からの配当やライセンス料収入を受け取り、これを本社での新たな雇用や技術開発の原資としていくべきで、このように考えると、今騒がれている国内産業の空洞化なぞは起こりようがないのだそうです。

うーん、確かにそういう面があるのは認めますが、私の周りの多くの中小企業や農業や林業のことを考えると、松島氏の論にも全面的には賛成しがたいのですが、如何でしょうか。

百聞は一見に如かず

水曜日, 12月 19th, 2012

* 事務所からのお知らせ *

今回の記事は営業上の理由により、メルマガ配信のみとさせて頂いております。ご了承下さい。

(記事関連写真のみ掲載)

再びバンコクです

月曜日, 12月 17th, 2012

今週の日曜日から水曜日までバンコクに来ています。

お付き合いのある銀行さんがバンコク駐在員事務所を開設するということで、その開設記念パーティに呼んで頂いたのです。

今回は、パーティーへの参加に加えて、開設記念のセミナー開催を銀行さんに提案しようかなとも思っています。

セミナーのキャッチコピーは「タイで事業経営を成功させるための知財の百か条」というような感じです。

より具体的には、

①日本に較べて従業員の流動性が高いタイでの知財の留意点。
例えば職務発明規定の整備や営業秘密の管理等

②日本よりも競争が激しく業界系列の無いタイで他人の権利を侵害しないための留意点。
例えば知財情報のこまめなチェック、ソフトの海賊品等を使うと善意であっても罰せられる等。

③あなたのビジネスをタイで有効に守るための留意点。
例えば権利化も早く、無効にされ難い小特許制度の利用、目に見える意匠や商標の有効利用、コピー商品の市場監視等。

開設記念パーティー以外にはJETROバンコクとJCC(商工会議所)にも立ち寄ります。

セミナーテーマに対するアドバイスを伺おうと思っています。

さて、今回の旅の成果はいかがなりますか。

それはそうと、日曜日は午後7時頃に宿へ入りました。

その後バンコク中心部の様子を見に行ったのですが、高架鉄道の下に、三駅に跨る垢抜けた歩道ができていて美しいクリスマスのデコレーションが施されていました。

ここを歩く男女の服装を見ると、もう全く日本と変わりません。

むしろ名古屋よりはずっと格好良いような。

少なくともバンコクは中流階級が充分な割合で育ってきているようです。