所長ブログ「ケンさんが往く」

2026.05.24

昔の年寄り

昔は町内に元気な年寄りがいたものです。
落語によく出てくる「ご隠居さん」ですね。

 

 

大いに時代錯誤的ではあるが、長く生きてきただけのことはある、という酸いも甘いも嚙み分けた含蓄のある話をする、一目置かれる存在。

 

 

ネット検索なんて気の利いたものは無かったので、困りごとがあると、「ご隠居さん」に聞きに行くという存在ですね。
良くも悪くも時代に流されないという。

 

 

最近は年寄りの元気がないような気がします。
なぜですかねー。

 

 

政府やマスコミが、年寄りは病気がちの時代遅れの存在と刷り込んでいるからかも。
老人の医療費や介護に手間と金がかかって、それが若者の負担になっている、とか。
車を運転すれば、とんでもない事故を起こすし。

 

 

基本的に年寄りを敬う気風が無いのです。
年寄りの方も遠慮して、やっかいもので申し訳ないねー、という引け目だけがある。

 

 

もういい加減に引け目を感じるのはやめませんか。
我々年寄りには若い者にはない経験がある。
身体は少々弱っていても「バカモン」と怒鳴るだけの元気がある。
失うものは何もないので、平明な目で世の中を見ることができる。

 

 

パソコンやスマートフォンは使えん、電子決済?なにそれ、横文字の道具は一切受けつけん。
われわれ年寄りは、一生懸命働いた時代を代表する存在なのですから、時代が変わってもそれに迎合する必要なんかないんですよ。
むしろ一生懸命働いた時代を尊重して、政府に便宜を図ってもらう権利があると思うのです。

 

 

「バカモン、それは間違っとる」と吠えるような「ご隠居さん」。
そういう昔の年寄りになりたいですね。

 

 

ただ、「ご隠居さん」も「大家さん」である場合が多かったように、そういう年寄りになるためには生活に困らない程度の金は要りますね。
その金は我々を尊重する証として政府が他を切りつめても我々に年金として支払うべきであるし、我々も何の引け目もなく受け取る権利がある、ということです。